火葬場

今から、およそ15年前、仕事を探しに職安へ
行った。あれこれ探していると、
『セレモニースタッフ募集』という、某火葬場の仕事を見つけた。
「きっと、会場のご案内やお茶やお菓子を出すスタッフなんだろうな」と思って応募した。
火葬場に着くと、職員の方から、
「女性の応募は初めてです」と言われたので、何か嫌な予感がした。他の応募者と一緒に、ご遺体を焼く、裏側に連れて行かれた。
 まぁ、そこで自分の勘違いに気がついたのだが、焼き場というのは、ご遺族の集まる表側の、大理石で美しく荘厳な造りとは裏腹に、コンクリートむき出しで、ずいぶんと殺風景なものだった。実際にご遺体を焼く釜の部分は防火ガラスで覆われ、中はモニターでも、もちろん、ガラス越しに、肉眼でもよく見える。
そして、先端が曲がっている長い棒を使って、人の手でご遺族を焼くのだ。
何故なら、例えば人体とは、手首のように薄い部分もあれば、お腹周りのように、脂肪がついて厚く燃えにくい部分もある。
それをきれいに均一に焼くにはやはり
人の手が必要というわけで、それがセレモニースタッフというらしい。
きれいに燃えてから、お骨はもう一度きちんと並べ直し、ご遺族の待つ表側にガラガラと押しだす。
私は自分の勘違いを詫び、応募を取り消したのだが、職員の方から興味深い話しを聞いた。
 「遺族の方の中には、おそらく故人と関連が深いのだろうが、燃えにくいものをご遺体の傍らに置いてくる場合がある。
そんな時はこの長いカギづめで、端のほうにその燃えない物を押しやって、燃やさず、最後に元あったご遺体の傍らに戻して、遺族のほうに戻すようにしているのです。」

その話しを聞いた時、フト思い出した事がある。
私の友人の祖父が亡くなった時、読書家の祖父のお気に入りだった厚い本を棺に入れて、
火葬したのだが、本だけそのまま燃えずに
返ってきたのだと言う。
「きっと、おじいさんの霊が、この本は大切だから燃やさないでくれ、と本を守ったのだと思うの」と友人は涙ぐんでいた。

今でもその本は仏壇の隣に置いてある。
友人はいつもその話しをする。

私は
「そうだね。私もそう思うよ」
と手を合わせる。
きっとその本は燃やしてはいけない本だったんだね。